― 記事掲載をきっかけに、あらためて考えたこと ―
「韓国人だからでも、日本人だからでもない。あなただから」 無国籍児らを支援する函館の在日2世は、あらゆる分断に抗う(北海道新聞 2026年2月9日デジタル版)
先日、北海道新聞に私の足跡についての記事が掲載されました。
多くの方から「読みました」と声をかけていただき、正直なところ少し不思議な気持ちでいます。取材は二日間、計4時間以上の取材でした。記事には、在日韓国人2世としての背景や、南アフリカでの出会いなどについて丁寧に書いていただきました。
けれども、掲載された文章を読み返しながら、私自身があらためて考えていたのは、「なぜ自分はこの活動を続けているのか」という、とても個人的な問いでした。
居場所を探していたのは、支援している側の私だった
これまで私は、「外国人を支援している人」として紹介されることが多くありました。
しかし振り返ってみると、本当は私自身がずっと「居場所」を探していたのだと思います。
日本で生まれ、日本で育ちながら、韓国にルーツを持つ自分。
二つの名前を持ち、どちらにも属しているようで、どちらにも完全には属していない感覚。
子どもの頃から心のどこかにあったその揺らぎは、今でも消えることはありません。
だからこそ、異なる国から来た人たちと出会うとき、「助けている」という感覚よりも、「同じ場所を探している仲間」に近い気持ちがあります。
「理解する」とは、自分が下に立つこと
大学時代、大阪・西成で炊き出しのボランティアに参加したとき、ある人に言われた言葉があります。
「アンダースタンドって、知ってるか? 下に立つって意味で理解するって意味。」
人を理解しようとするなら、自分が上から見てはいけない。
同じ目線、あるいは自分を下に置くところから関係が始まる。
その言葉は、今でも私の活動の中心にあります。
支援とは、何かを与えることではなく、関係の中に自分自身も入っていくことなのだと思います。
国籍でも肩書きでもなく、「あなた」と出会う
南アフリカでホスピスで約1年間ほどボランティア活動をしていたとき、ある南アフリカの神父に相談したことがあります。「私は今、悩んでいます。それは在日韓国人として。日本人なのか、韓国人なのか分からない」と。そこでその神父はこう言いました。「私があなたが在日韓国人かは分からない。どちらかと言えば中国人と言っても良いのでは?だけどね、私があなたを好きなのは、韓国人だからでも、日本人だからでもない。あなただから。」と。
その言葉を聞いたとき、長い間、自分の中で固まっていた何かがほどけた感覚がありました。
人は知らないうちに、国籍や立場、職業、学歴といったラベルで互いを見ています。
そして時には、自分自身さえもそのラベルで縛ってしまいます。
けれど、本当に人と人が出会う瞬間は、それらが外れたときに訪れるのだと思います。
NPOを立ち上げた理由
今回NPOを立ち上げたのは、「支援を大きくしたい」という思いだけではありません。
これまで出会ってきた人たちとの関係を、一過性のものではなく、次の世代へつないでいきたいと思ったからです。
タイ・ミャンマー国境地域には、国籍を持たないために進学の機会を得られない子どもたちがいます。
しかし彼らと出会う中で感じるのは、「助けてあげなければならない存在」ではなく、同じように笑い、悩み、未来を考えている一人ひとりの人間だということです。
私たちの活動は、誰かを救うためというよりも、互いに出会い直すための場なのかもしれません。
ボーダーは、外ではなく内側にある
今、社会の中では分断を感じる言葉を目にすることが増えました。
けれども、本当に越えるべき境界線は国境ではなく、私たちの内側にある偏見や恐れなのではないかと思います。
出会いは時にぶつかり合いを生みます。それでも、出会い続けることをやめないこと。
それが、多様性を「言葉」ではなく「経験」に変えていく唯一の方法だと信じています。
新聞記事は、私の過去についてです。けれど今も動いています。これからも日常の中で静かに続いていきます。
国籍でも、肩書きでもなく、ただ「あなた」と出会うことを大切にしながら。
私の恩師の言葉が書いて終わりたいと思います。
「動けば何らかの風が吹く。良い風もあれば、悪い風もある。しかし、最後には良い風が残る」
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